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浦和地方裁判所 昭和58年(行ウ)1号 判決

原告

開発行男

被告

埼玉県

右代表者知事

畑和

右指定代理人

向佐栄吉

外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  申立

原告

「1 被告は、原告に対し、金三万八四一五円を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

被告

主文同旨の判決並びに担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求める。

第二  主張

原告の請求原因

1  原告は、昭和五七年一二月五日、大宮市東大宮四丁目五番地先の東大宮駅西口附近路上において、放置されている自転車一台(ミニ自転車、白色、車台番号OOS五〇八二〇三六、以下「本件自転車」という。)を発見した。本件自転車は、右発見当時、ブレーキ系統の部品が欠損してブレーキが作動せず、後輪からタイヤがはずれスタンドのバネの欠損により自立しないなど使用に耐えない性状にあり、また、前記のとおり放置されていた場所が駅の近辺であつたことから、故意に廃棄された物であることが明白であつたので、原告は所有の意思をもつて本件自転車の占有を取得した。ただ、原告は、念のため警察官に本件自転車が廃棄物であることを確認して貰おうと考え、同日午後一〇時ころ本件自転車を埼玉県警察大宮警察署東大宮駅前派出所へ持参し、その確認を求めた。

ところが、同派出所勤務の巡査佐藤稔(以下、「本件巡査」という。)は、本件自転車が廃棄物であることを知りながら、敢てこれを遺失物と認定したうえ、遺失物法の定める手続きを採るとの名目の下に、原告から、違法に本件自転車の占有を奪い、引続き同警察署長(以下「署長」という。)において、原告から審査請求等により廃棄物として原告に引渡すよう申出を受けながら、違法にも同法に基きこれを遺失物として昭和五八年六月二〇日まで保管した。

2  被告の責任

本件巡査及び署長の右行為は、被告の公権力の行使に当たる公務員がその職務を行うについて故意によりなした違法なものであるから被告は、国家賠償法一条により、右違法行為により原告が被つた損害を賠償する責任を負う。

3  損害

原告は、右違法行為により、昭和五七年一二月五日から同五八年六月二〇日までの間、本件自転車の使用収益を妨げられ、金三万八四一五円の損害を被つた。

よつて、原告は、被告に対し、国家賠償法一条による損害賠償請求権に基づき右金員の支払を求める。

被告の認否

1  請求原因1の事実のうち、原告がその主張の日時に本件自転車を埼玉県警察大宮警察署東大宮駅前派出所に持参し、警察官にそれが廃棄物であることの確認を求めたこと、右派出所勤務の本件巡査が本件自転車を遺失物と認定したうえ、遺失物法所定の手続を採り、署長において引続き遺失物としてこれを昭和五八年六月二〇日まで保管したことは認めるが、その余は否認する。

2  同2の事実のうち、本件巡査及び署長が被告の公務員であり、前記遺失物法に基く行為をその職務として行つたことは認めるが、その行為が違法である旨及び被告が国家賠償法一条による責任を負うとの主張は争う。

3  同3の事実は知らない。

被告の主張

本件巡査は、原告が持参した本件自転車を見分した結果、車体の一部に破損箇所があり、錆付いている部分も認められるけれども、外見上は自転車としての機能を有し、その利用価値が認められること、原告申出の拾得場所が東大宮駅西口附近であることなどから判断すると遺失物と思料されたため遺失物法に従い処理したものである。その際、本件巡査は、原告に対し、本件自転車が廃棄物とは認められないこと、拾得自転車の遺失者から届出がない場合、法定期間(六か月と公告期間一四日)の経過により、原告が本件自転車の所有権を取得すること等を説明した。

右のとおりであるから、本件巡査及び署長の処置には違法性はない。

原告の認否

被告の主張事実は否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

原告が、昭和五七年一二月五日午後一〇時ころ、埼玉県警察大宮警察署東大宮駅前派出所に本件自転車を持参し、それが廃棄物であることの確認を求めたこと、同派出所勤務の本件巡査が、本件自転車を遺失物と認定して遺失物法所定の手続をとり、署長において遺失物としてこれを昭和五八年六月二〇日まで保管したこと及び本件巡査及び署長が被告の公務員であり、その職務として右行為をしたことは、当事者間に争いがない。

原告は、本件自転車が廃棄物(無主の動産)であるにもかかわらず、本件巡査及び署長が遺失物として取扱つたことが違法であると主張するので判断する。

〈証拠〉によれば、原告は、昭和五七年一二月五日大宮市東大宮四丁目五番地先の東大宮駅西口附近路上において、横倒しになつていた本件自転車を発見したこと、右発見当時、本件自転車は、車体全体に錆が生じ(殊にフロント部分が著しい)、ブレーキ系統の部品が欠損してブレーキが作動せず、後輪からタイヤがはずれかかつており、また、スタンドのバネも欠損していたことが認められ、これらの事実によれば、本件自転車は相当期間管理使用されずに放置されていたことが推認できるけれども、右事実のみをもつてしては、本件自転車が原告の発見当時、かつての所有者が、その所有権を放棄した無主物であると認めることはできず、他にかかる事実を認めるに足りる証拠はないから、本件自転車が無主物であることを前提に原告がその所有権を先占取得したとの主張は、理由がない。

のみならず、遺失物法に基づき所定の措置をなすべき警察官が、真実は無主物であつてもその物件の性状、発見された際の周囲の状況等の客観的状況からみてこれを遺失物と認むべき相当の理由があるときは、それにつき同法所定の手続を採つたとしても、これをもつて違法と評価することはできず、むしろ、無主物か否かが明らかといえない物は遺失物法に基き処置するのを相当と解すべきところ、〈証拠〉によれば、本件巡査は前記のとおり原告が東大宮駅前派出所に本件自転車を持参した際、これを見分のうえ未だ自転車としての効用を完全には失つていないものと判断し、かつ、原告から同自転車が東大宮駅西口附近の路上に放置されていたものである旨聴取したことから、同自転車が盗難品である可能性もあると思料したことが認められるが、近時自転車の盗難事件が頻発し、ことに被害自転車が路上に乗り捨てられるという事態が往々にして生じていることは公知の事実であつて、かような場合も所有者からみてその意思に基かないでその所持を離れた遺失物ということを妨げないから、本件巡査において(原告が本件自転車を持参した意図が廃棄物であることの確認を受けることにあつたとしても)、本件自転車を遺失物と認定したことには相当の理由があるというべきであり、同巡査が右認定に基づいて遺失物法所定の手続を採つたとしても、これをもつて違法な行為ということはできない。また、以上の経過からすれば、その後、本件自転車が遺失物でないことが明らかにされたことはこれを認めることができないので(原告主張の申出だけではこれに当らない。)、署長において原告主張の期間これを遺失物として保管したことも違法な行為といえない。

してみると、本件巡査あるいは署長に本件自転車の取扱につき違法な行為があつたということはできないので、この点においても原告の主張は理由がない。

よつて、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(高山晨 小池信行 深見玲子)

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